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俺はこう思っている

もやしさらだとは一体何者なのか?本名は?整形は?学校や彼女を調査してみた!

どうも初めまして。もやしさらだと申します。

簡単に、こちらで自己紹介記事を書いていきたいと思います。

随時更新します。

(↓プロフィールと使用機材)

1991年(0歳) 生まれる

生まれました

1998年(8歳) ピアノを始める

近所のピアノ教室にて習い始める。

その時先生に教わった「ピアノを弾くときの手の形は、手の中に卵を握ってるイメージ。力を入れすぎない事」という教えは、今でも卵を割る時に役に立っている。

1999年(9歳) 「パワプロの山」を設立する

「あ、あの時のもやしさん!?」となってくれる人がいてくれたら嬉しいっす。

infoseekという、簡単にホームページを作れるサイトでパワプロを題材にしたコミュニティサイトを作成。当時1日平均300アクセスを記録。わりとすごくないすか???

ちなみに当時のハンドルネームは「もやし」

1999年(9歳) イーグルスに入団

地元の少年野球チームに入団。当時小学3年生。

2001年(11歳) 顎にデッドボールを受ける

イーグルスの紅白試合の打席、相手ピッチャーの投じたストレートが顎に直撃。

その時発症したデッドボール恐怖症は、向こう2年に渡り俺を苦しめる事となる。

2006年(15歳) 野球部を引退。ギターを始める

地区大会初戦敗退で幕を閉じた俺の野球生活。

初回にセンターフライを落とし失点してしまう夢を未だに見るが、そもそも俺は試合に出ていなかったので問題無し。

 

夏が終わり、急に放課後が暇になる。

軽音楽部の唯一の部員であり、音楽室を独占しているギタリストの友人がいる。そこへ、俺を含む野球部の数人が入り浸るようになる。漫画を読むかゲームをするために。

 

ある日俺は気付く。

「漫画とかゲームとかに費やす時間を、ギターに充てた方が有意義なのでは…?」

 

ゲームはやればやるほど上手くなる。が、上手くなったとして何の意味があるのか?今のようにゲーム実況配信者やプロゲーマーという職業がある前提なら話は別だが、当時は無かった。

でも面白いから長時間やってしまう。この「面白いから長時間やってしまう」を、別の面白いものに置き換えたらどうか。なおかつ何かに繋がるようなものであれば有意義なのではないか。それがギターではないか?と思いつく。

 

3ヶ月後、友人のレクチャーの甲斐もありそれなりに弾けるようになる。なおかつ、その時の憶測は割と当たっていた。

2007年(16歳) 作曲を始める

高校に入学し軽音楽部に入部。本格的に音楽活動を始める。

同世代の人なら知っているかもしれないが、「大合奏バンドブラザーズ」というDSのゲームソフトがある。それに曲を作れる機能がある。申し訳程度に。

俺は思う。「曲作ってみてぇ」

もちろん曲を作る方法などわからない。当時はYoutubeも無くネットの情報も今ほど豊富では無く、本屋に行って作曲の方法が書かれている本を買って勉強。初心者には分かりづらい教本だった。ピアノ習っておいてよかった。

 

そうして2ヶ月をかけて「million smile〜100万回君が笑ってくれたら〜」という曲を作成。

ちなみに歌詞は友人のポエムを拝借。

友人というか友人の友人なんだが、彼は「モバゲー(今でいうFacebookみたいなもん)の日記で自作のポエムを週1ペースで書き綴っている奴がいる」事で話題に上がっていた。

いくつか読んでいく中で「夕闇に迫る夜、俺は気が付いた」という書き出しで始まるポエムが2つある事に気付く。そこで「作詞は【夕闇に迫る夜に何かに気付く】書き出しで始める」というルールを学ぶ。

20028年(17歳) ひたすら曲を作る

「とりあえず1曲完成させれば、2曲目からは簡単に作れるのでは?」

またしても、そんな俺の憶測は当たる。1曲目の1/4程度の時間で完成。すると3曲目。もっと早くなる。早くなっていくと、どんどん楽しくなる。

そんな好循環が起こり、毎日のように曲を作る日々を送る。

2009年(18歳) ゲームソフトではなくちゃんとした機材を買う

ちなみに、結果的にちゃんとしてなかった。

その頃俺は「パソコンを使えば、本格的に曲が作れるらしい」事を知る。しかしそこから先は未知の領域。自分のパソコンも持っていなかったし、小学校以来あまりパソコンは触っていなかった。どうやってやれば良いのか。何から始めれば良いのか。

調べた結果、「MTR」というものを買えば曲が作れるらしい。パソコンが無くても。上の写真のやつ。

確か4万円くらいした気がする。それを買った。確かに曲は作れるが死ぬほど使いづらい。

 

で、それを使ったり他の情報を調べていく中で、「俺のやりたい事を実現するためには、やっぱりパソコンを使うべき」事に気付く。MTRをハードオフに売る。

2010年(19歳) DTMを始める

DTMとはデスクトップミュージックのこと。まさにパソコンを使った音楽制作。

DTMをやっている人の作業場の写真を見ると、みんな上の画像のような機材がずらり。敷居高すぎるだろ。なんて思っていたが、実際にはパソコン1台とDTMソフト1つあればOK。他のものは無くても曲は作れる。あればもっと良いものが作りやすくなるってだけ。

 

ただ、「MIDIキーボード」「オーディオインターフェース」は早めに買っておいた方がいい。なんでかって?それは今度説明します。

2011年(20歳) 初めてボカロ曲を投稿する

DTMを始めると、必然的にボカロにも興味が沸く。

このブログは1日平均15アクセス。それを免罪符に言いたい事がある。昔のボカロ界隈は平均的なレベルが低かったと思う。あくまで今に比べてね。逆に、昔なら10万再生くらい行ってたであろうクオリティの曲が5000再生なのが現状。全体的なレベルが高すぎる。

そんな背景の当時、ランキングに載っている曲を聴きながら俺は思った。「これなら、俺の方がいい曲作れるな」と。

 

少し話は逸れるが、女子中高生あたりのボカロ好きは、ボカロ曲がどういう風に作られているかイメージがつくだろうか?

俺は、お湯を入れて3分待てば完成するようなものだと思っていた。でも実際には、畑を耕して小麦を収穫して粉にして具材を調達して…ってところからやらなければならない。思っていた3000倍大変だった。だって皆当たり前のように出来てるし、その苦労を言わないんだもん…。

 

なんとか曲は完成した。なんとか投稿もできた。夜だったので寝る。

翌日、1日中バイトが入っていた。終わって帰宅。ソワソワしながら、ニコニコ動画のランキングページをクリックし、上からスクロール。俺の曲は何位に入っているだろう。冗談抜きで、自分の曲がランキングに入っていると信じ込んでいた。

結果はもちろん圏外。圏外以前に150再生。10年経った今、やっと500再生。

今聞けば、ボロボロのガタガタの生ゴミみたいなクオリティだが、当時の耳ではそれが分かっていなかった。それゆえ「何で俺の曲が評価されないんだ…?」と本気で思っていた。

2012年(21歳) ひたすら曲を投稿し続ける日々

DTMを初めて1年ちょい。ようやくまともな制作環境が整う。

というのも、当初は自分のパソコンを持っていなかった。一人暮らしの貧乏学生だったため貯金もなく、パソコンを買える余剰資金を持っていなかった。じゃあどうしてたのか?大学のPCを使っていた。

運良く、大学のPCにはオーディオインターフェースが付いていた。ギターを録音するやつね。ならありがたく利用させてもらおう。そんな感じで、ギターを抱えて学校へ行き、閉館時間になるまでひたすらカチカチ。そんな日々を1年弱。

…それが自宅で出来るようになる。もう時間を気にする事なく、作りたいときに作れる。ギターを運ぶ必要もない。最高。

しかしまぁ、作れども作れども伸びない。

 

俺は、曲の善し悪しは生み出した金額によって測るものと思っている。というかそれくらいしか絶対的な指標が無い。曲を作っている人が「俺の曲が世界一」と思っていても、どういう根拠で世界一なのか?それを示すには、その曲が何円稼いだのかで見る他ない。

Youtubeやニコニコ動画で無料で聴けるとはいえ、もし1億再生されたら絶対にお金は発生するはず。で、伸びないという事はお金にもならない。「音楽で稼いだ額は0円」ってほとんどの人に当てはまると思うけど、俺の音楽センスは同率でそこ。

投稿する時に「今回の曲はめっちゃ良い…」と思っていても、いざ投稿して伸びなければお金にはならない。俺が良いと思っていても、他の人はそう思っていない。だから伸びていない。じゃあなぜか?どこかしらに不正解の要素を孕んでいるはず。投稿するたび、その不正解を探す日々。

(ちなみに「クオリティが低い」でした!)

2014年(22歳) カラオケMIDI制作会社に入社

「ひょっとしたら音楽で食っていけるかもしれない」と夢が叶う。そして1年半後にその夢は散る。

長くなるので、この話は別の時にでも。すげーしんどかったけど、おかげで打ち込みの技術が飛躍的に伸びる。自分比でね。

その後は職を転々とし、「趣味で音楽やってちょいちょい稼ぐのが一番」と結論に達する。

2020年(28歳) 今に至る

今に至ります。

(↓プロフィールと使用機材)

ABOUT ME
もやしさらだ
気付けばボカロ活動を始めてから14年目になろうとしている。おそろし
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